認知症ケアの難しいところは、正解がひとつではないことです。その方の個性と状態に合わせたオーダーメイドの対応が求められる毎日は、常に迷いながら判断することの繰り返しです。
そんな時、よりどころとして持っておきたいのが「認知症ケアの基本視点」。対応の軸となる基本的な考え方をしっかり理解していれば、マニュアルにはない状況にもあわてず対応する助けとなります。そこで今回は、認知症ケアに携わる人が持つべき基本の視点についてご紹介します。
「こまった、どうしよう!」「どう対応したら落ち着いていただけるだろう?」認知症の方と関わるなかで日々訪れる、判断を迫られる瞬間。そんな時にぜひ、これらをヒントにしてみてくださいね。
認知症ケアの4つの基本視点
認知症の方は、常に心の底に不安や焦りを感じています。そうしたネガティブな感情は、もともとの本人の性格や周囲の関わり方とからみあい、帰宅願望や攻撃的言動などの周辺症状(BPSD)として現れることがあります。BPSDは本人にとってつらいだけでなく、周囲にストレスを与えて人間関係を壊したり、ケアを困難にしてしまうことがあります。こうした事態を避け、認知症の方が穏やかな日々を過ごせるよう、常に持っておきたいケアの視点を4つにまとめてみました。
(1)健康への視点
まず大切にしたいのが、健康状態への視点。認知症になると、熱があってもつらいと言えない、またはつらいことに気付かないなど、感覚が鈍っていたり、自分の思いをうまく伝えられなかったりすることがあります。そこで、適切に健康状態をチェックすることが重要になってきます。
なんだか様子がおかしいなと感じたら、バイタルチェックで体温や脈拍などの状態を把握したり、栄養状態はどうか、脱水ではないか、排泄の状態はどうかなど、健康への視点でチェックするようにしましょう。
(2)自立支援の視点点
料理の繊細な味付けはできなくなっても、野菜の皮むきは上手にできるなど、認知症になっても人それぞれにできることは多くあります。自立支援の視点からよく観察し、その人が苦手なことをサポートしたり、できることや得意なことは、その能力を発揮してもらうようにしましょう。してもらったことに対しては感謝や賞賛の気持ちを伝えると、本人の不安や焦燥感が和らぎ、BPSDの改善につながることもあります。
また、認知症の方が理解しやすく、今持っている能力が維持できるような環境作りをすることも大切です。たとえば時間感覚がわからない場合には、午前・午後が分かるデジタル時計を使う、トイレがどこか分からなくて失敗するなら、トイレの場所を紙に書いて貼っておいたり、夜も電気をつけておく、など。認知症の方が少しでも自立的な生活ができるよう、チームで話し合い、さまざまに工夫をこらしていきましょう。
(3)心の安定への視点
認知症の方が安心して、心地よく生活できているかにも配慮することが必要です。誰にでもなじんだ生活環境や習慣があり、それを崩されるのは嫌なもの。とくに認知症の方は状況の認知力が落ちているので、環境の変化にストレスを感じやすくなります。なるべく今までの習慣や生活リズムを守るようにして、いつものテーブルで顔なじみのメンバーと食事をしてもらうなどの心づかいが役立ちます。
認知症の方が不安を感じている場合の対応法は、笑顔で接することやその人の世界を否定しないことなどが基本。また過去によくなじんでいた習慣を参考に対応するなど、その人の個性や状態によっていろいろな選択肢があります。どんなことが不安の原因になっているかよく観察し、できるだけ安心して過ごしていただけるようにしましょう。
(4)尊厳を守る視点
老人ホームなどの介護施設は集団生活にはなりますが、そのなかでもその人らしく、尊厳を保って生活していただけるよう配慮することは大切です。自分らしさを抑圧され、なんの役割もなく、周囲から軽んじられているような状態では、たとえ体は健康でも、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=人生や生活の質)が大きく下がってしまいます。
認知症の方はこうだろうと決めつけるのではなく、Aさんはこんな人、Bさんはあんな人、といった具合に、「一人ひとりの人格」として捉えることが大切です。まずはその方のこれまでの人生やエピソード、趣味や性格、価値観や信念などを知ること。それらをできるだけ尊重しつつ、人生の先輩として敬意をもって接することが、尊厳を守ることにつながります。
4つの視点をベースに、チームで答えを探していこう
「家に帰りたい」と、施設の外に出て行こうとする方。もう亡くなっている飼い犬を探し続ける方・・・。認知症の方の行動に対処するには幾通りものやり方があり、どれが正解ということはありません。しかし、たとえば「できませんよ」「ムリですよ」と頭ごなしに否定する方法では、認知症の方を不安にさせてしまいます。これは上記の基本視点に照らし合わせると、心の安定への視点に欠けた対応だと言えるでしょう。
また、ウソであっても本人が納得して安心できるなら良いのですが、その場しのぎのごまかしや、説明が二転三転したりすれば、相手は「適当にあしらわれた」「軽んじられた」と感じるでしょう。これはその人の尊厳を守ろうとする視点に欠けた対応です。
まずは本人の気持ちにきちんと耳を傾け、共感を示すことで、認知症の方に安心してもらうこと。そのうえで場所を変えたりお茶を飲むなどで気分転換をし、世間話をするうちに気持ちが落ち着くことも多くあります。重要なことはその人自身を知り、今どんな気持ちなのか、例えばさみしいのか、不安なのかを察する=「心に寄り添う」こと。最適な答えはそのつど変わることも多く、常に探っていかなくてはなりません。
認知症ケアは奥深く、多くのストレスもつきまといます。一人で問題を抱え込まないように、チームで協力して対応することも大切。4つの視点を大切にしながら、認知症の方が安心して過ごせる環境を、ぜひ力を合わせて作り上げていってくださいね。